恒常的な残業が当たり前になってくると、体力的にも精神的にも悪影響が出てしまいます。こんなに残業を続けている環境は普通なのか、法律的にはどうなっているのか、不安や疑問を感じている人もいらっしゃると思います。
2019年より順次「働き方改革関連法」が施工され、これにより企業の労働環境が見直されています。もともと個々の事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を目指したものですが、新型コロナウイルスの影響によって、多様な働き方、テレワークなどが一気に広まりました。
一方、残業時間については昔から労働環境の改善という側面から議論されてきました。
今回は残業時間の中でも、特に2021年に20年ぶりに見直しが入った過労死ラインについて、どれくらい企業や労働者にとって重いものなのか、超えるとどうなるのかといった内容について説明します。
まずは「残業時間の過労死ライン」とされている目安を確認していきましょう。
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残業時間の過労死ライン目安
日本において「過労死ライン」とは、健康障害リスクが高まるとする時間外労働時間を指す言葉となっています。
これは労働災害認定において労働と過労死・過労自殺との因果関係の判定に用いられます。わかりやすく言い換えると、病気や死亡、自殺に至るリスクが長時間労働に原因があると認定する基準のことです。
1ヶ月あたり80時間の時間外労働が6ヶ月継続
過労死ラインとして目安となる残業時間は、6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働とされています。
1日8時間勤務だとすると1か月の労働日を20日として月160時間の労働に加え、毎日4時間以上の残業をしつづけることになります。
朝9時から夕方17時が定時の会社だとするとお昼の休憩を1時間取ったとして、毎日夜の22時まで働いている計算になりますので、このような生活となっている方は気を付けてください。
1週間の間に2日をしっかり休んでいる前提の計算ですから、休日出社などがある場合は、さらに残業をしていることになりますので要注意です。
1ヶ月間で100時間の時間外労働
1か月間でおおよそ100時間の残業時間となっている場合にもこの過労死ラインに該当します。
1日8時間勤務だとすると、1か月の労働日を20日だとした場合、1日5時間以上の残業をして、13時間以上の勤務が続く状態のことを指します。
ご自身の勤怠管理を見て上記の労働時間の水準になっていないかチェックしてみてください。
この水準まで達している方は心身ともに非常に疲れている状態となっている可能性が高いです。一般的には危険な労働時間になっていますので、必ず休息を取るなり、働き方について上司や人事に相談するなど対策を取ってください。
後述しますが、この残業時間に該当していない方でも、上限に近い水準まで残業が多くなっている方は注意が必要です。
2021年に改正された「労災基準認定」のポイント
先述の通り、過労死ラインとして以前までは「時間外労働の時間」が主な判断基準となっていました。
ところが、実際はそれ以外の部分の業務負荷が原因となっていることも事実です。この現状を受けて2021年7月に20年ぶりに労災基準認定が見直されました。見直されたポイントは大きく下記の4つです。
- 長期間の過重業務の評価に当たり、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定することを明確化
- 長期間の過重業務、短期間の過重業務の労働時間以外の負荷要因を見直し
- 短期間の過重業務、異常な出来事の業務と発症との関連性が強いと判断できる場合を明確化
- 対象疾病に「重篤な心不全」を追加
ポイントとしては、労働時間以外の負荷要因がより一層重視されることにより、過労死認定がより柔軟になっている点です。
過労死ラインの基準は変更されなかったものの、「過労死ラインを超えていなくても労災と認める場合があること」と「労働時間以外の負担要因の追加」を示しています。
「労働時間以外の負担要素って何?」と気になるところですが、休息や休日の観点、働く環境の観点、精神的な業務負荷の観点などが追加され、詳細に渡っているためこの記事では割愛させていただきます。もし気になるという方は厚生労働省のホームページなどをご参照ください。
ここで重要なことは、過労死ラインの残業時間には収まっていても、そのほかの負担要素があることで、過労死の危険性があるほどの労働状態になっている可能性があるということです。
過度なプレッシャーや劣悪な労働環境などがある場合は、決して残業時間だけで判断しないようにしてください。
労働時間と36協定
さて、労働者の労働時間について定められているものが労働基準法と36協定です。
36(サブロク)協定とは、時間外・休日労働に関する協定ですが「名前は聞いたことがあるけれど、詳しい内容についてはよく分からない」という方も多いのではないでしょうか。ここでは過労死ラインとも密接に関係する36協定について解説していきます。
労働基準法では、法定労働時間として1日8時間/1週40時間と、週1日を法定休日として定められています。
具体的なイメージでお伝えすると、閑散期・繁忙期に関わらず、始業9時だった場合、休憩を1時間とって18時までには必ず帰る、さらに1週間で1日は完全に休みという働き方です。実際のところ、この労働時間内におさまる正社員の方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。
この時間を超えての労働、または休日労働をさせる場合は、労働基準法第36条に基づく労使協定を締結し、所轄の労働基準監督署長へ届け出る必要があります。この36条に基づいているためサブロク協定と言われるのです。
基本は月45時間・年360時間
ただし36協定を締結したからといって、先述の労働時間を超えていつまでも労働させても良いというわけではありません。
一般的な労働者の場合、月45時間・年360時間という上限のもと、時間外労働が可能になります。これ以上の時間外労働をさせる場合、特別条項を締結し届出なければなりません。
実はこの特別条項が曲者で、2019年に改訂される前までの労働基準法では、限度時間を超えた時間外労働が発生する可能性がある場合には、その理由と延長時間を明記すれば、36協定届に記載された限度時間を超えることができていました。
つまり延長時間と理由さえ書いておけば、労働者に無制限に残業をさせることが可能だったのです。
これがまさに日本の長時間残業の根源と言うべき悪しき風習でした。2019年の法改正で「時間外労働の上限規制」が定められ、青天井だった残業時間が法律で制限されることとなりました。
時間外労働が月45時間を超えてしまう場合
繁忙期やプロジェクトの締切りが間近などの特別な事情により、どうしても月45時間以上の時間外労働をしなければならない場合もあるでしょう。
その時は、年6回以内までであれば45時間以上の時間外労働をすることが認められています。
逆にいうと、年6回を超えてしまうと労働基準法違反になります。また、加えて下記の通りの制限があります。
- 1ヶ月の法定時間外労働と法定休日労働を合わせた時間の上限は100時間未満であること
- 2ヶ月ないし6ヶ月の時間外・休日労働時間の平均が月80時間以内であること
- 1年の時間外労働の上限は720時間以内であること
つまり5ヶ月間時間外労働を90時間した場合、残り7ヶ月は45時間以内であれば時間外労働してもいいわけではなく、720-90×5=270時間までしか時間外労働をしてはいけないという計算になります。
このように細かく法律によって労働時間については基準や上限が定められています。
また、ここまで読み進めてお気づきの方も多いと思いますが、36協定の特別条項の上限を超えるような働き方は過労死ラインに抵触してしまう働き方であるということです。
企業は法律に基づいて労働者の働き方をコントロールしなければなりませんし、労働者は法律によって働き方が守られています。
ちなみにこの36協定は先述した法定労働時間と法定休日を超える労働をさせる場合には、たとえ従業員がたった一人だったとしても届け出る必要があるため、あなたの会社でもまず36協定が結ばれているはずです。
ここまでは、労働者を守る36協定について説明いたしました。
ただし、いくら協定があっても残念ながら残業時間の超過などが発生しているケースもあります。
次の章で、残業時間の過労死ラインとされている目安を超えた場合にどうなるのか紹介します。
過労死ラインの残業時間を超えるとどうなるのか
残業時間の過労死ラインとされる時間を超えて残業した場合、どのような影響があるのでしょうか。ここでは、労働者と雇用者に分けて解説いたします。
労働者が受ける影響
そもそも過労死とは、過労死等防止対策推進法第2条で「過労死等」として、以下のように定義されています。
- 業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
- 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
- 死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害脳血管疾患・心臓疾患による死亡、精神障害
労働をし過ぎて死に至るという概念自体が諸外国ではないため、英語でも過労死のことは”karoushi”というほど、日本独特なものなのです。
急激な体調の悪化や精神状態の悪化が原因とされていますが、その際身体にはどのようなことが起こっているのでしょう。過労死ラインと言われているくらいですから、労働者の方が受ける影響は相当なものになります。
仕事をしているなかで当然疲労は溜まっていくものですが、通常、十分な睡眠や休息が取れていれば解消されていくものです。
通常の休息では解消されない疲労が蓄積された状態が過労状態です。この時、脳や心臓に大きな負荷がかかり続けた状態が続いていることになります。人体は過度なストレスから心身を守るために、攻撃性の高いホルモンを分泌する性質があります。これにより血圧や血糖値が上昇してしまいます。心拍数が増え、心臓の収縮も促す働きもあるので、この状態が継続すると脳や心臓に負担がかかってしまうのです。
また、ストレスは自律神経のバランスも崩します。リラックスした状態では血圧が下がり、緊張状態になると血圧が上がりますが、当然、ストレスは強い緊張状態を引き起こしますので、血圧を急激に上昇してしまいます。
このように、過労状態になることで肉体的・精神的双方の面から主に心臓・脳に負担をかけてしまうため、脳疾患や心臓疾患を引き起こしてしまう結果につながります。
この前兆として全身のだるさや疲労感、胸痛、冷汗、息切れ、手足のしびれ、頭痛などの症状があらわれることがあります。
もし万が一、現在このような症状出てしまっている場合は、無理をせず必ず休んでください。また、精神的にもリラックスできるように休息を取りましょう。
企業・雇い主側が受ける影響
過労死は決して当人だけの問題ではなく、企業や雇い主側が受ける影響も甚大なものとなります。
事業存続・会社存続に関わるほどの事態に発展することも少なくありません。どのような責任に問われる可能性があるのか、解説していきます。
(1)刑事責任
過労死が、違法な労働環境を原因とする場合には企業に刑事罰が科される可能性があります。
また、企業側の対応が悪質な場合には、労働基準法違反にとどまらず、業務上過失致死傷罪が問われる可能性もあります。実際にも、過労死をきっかけに企業を告発している事件も存在します。
営業免許を取得することで事業が可能になっている企業の場合、その種類によっては、業務上過失致死傷罪の確定は、営業許認可の取消事由となることがあります。
営業自体が制限されるわけですから、その会社はもはや存続が不可能となるケースさえあります。
(2)民事責任
就労が原因で従業員が死亡してしまった場合には、労災による補償が図られます。しかし、最近の過労死事件では、労災による補償とは別に企業や経営者個人に対して遺族が損害賠償請求訴訟を提起するケースが増えています。
企業には従業員の過労死を回避するため、また安全に就労できる環境を整える「安全配慮義務」があります。この安全配慮義務を怠ったことによる損害賠償請求訴訟が増えています。
このように、決められた残業時間を超えることが常態化しているとさまざまな悪い影響がでてきます。では、雇用者として留意しておいくべきこととして、どのようなことがあるのか確認しましょう。
企業が残業時間の管理を徹底すべき理由
雇用主にとって、残業時間の管理を行うべき理由は、刑事責任や民事責任が問われるか否かにおいて重要になってきます。
労働時間については適切な管理さえしていれば必ず法律違反にならないようにコントロールできるものです。そのため企業は従業員の残業時間の管理を徹底する必要があります。
「民事罰や刑事罰にさえ問われなければいい」わけではありません。
過労死事件がひとたび起きることによって、世間一般の人がその企業に対して抱くイメージが「適切な労務管理もできないブラック企業」になります。
当然のことながら企業イメージが損なわれますし、不買運動やクライアントとの取引停止などが起これば、通常の営業活動においても企業にとって大きな打撃となります。
実際に労働環境に問題があるとマスコミ等から報じられた企業のなかには、大幅に減益となった企業も少なくありません。また、労働環境の悪化によって離職者が増加し、さらに口コミサイト等で悪い噂が立ち従業員を採用できず、人員不足で事業を維持できなくなったケースも存在します。
中小企業など人員不足が経営に直結する場合は事業存続も危ぶまれます。さらに、上場企業の場合では先述した減益や企業イメージの低下、将来性の悪化によって株価が大幅に下がってしまい、株主から訴訟を提起されるリスクもあります。
企業にとって残業時間を適切に管理しないことは百害あって一利無しであると言えます。
会社勤めの人は自分の身を守るために残業時間への意識を高めよう
働いている方としては、まずはご自身がどの程度の時間を働いているのか、どれだけの時間外労働をしてしまっているのかチェックしてみください。
「自分はまだ若いから大丈夫」「仕事が楽しいので自分は大丈夫」「そんな大袈裟な」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
ただ過度な残業をすることで、自分では気づかないところで心身に大きな負担がかかっていることがあります。
実際に過去、過労死の労災判定が認められた案件を見てみても、年齢などに大きな偏りはありません。また一定のラインを超えて残業をしていると、途中までは苦しかったのに、何故か夜遅くなってから頭が冴えてきて、ついつい残業していた結果過労死になってしまったケースも報告されています。
仮に過労死ラインまでの時間外労働になっていかなかったとしても、短期間の間に集中して労働してしまっている場合や、仕事のプレッシャー責任などによる精神的なストレスを多く抱えている場合は要注意です。
あくまで過労死ラインは目安として捉え、無理な残業はしないようにしてください。
また時折、会社からの指示もしくは自分の判断で労働時間を適切に申告しない方がいらっしゃいます。例えば、会社から36協定内におさまるように残業時間を短く申告させられるケースや、自分の仕事が終わらないために、とってもいない休憩を長時間とったように申告するケースなどが挙げられます。
労働時間を実態に沿わない形でしていると本当に何かトラブルがあった時に、労災認定されないリスクもあります。あなたの身を守るためにも休息を取るようにし、過度な残業をしないように意識を高めましょう。
また、時間外労働時間については自身で適切に勤怠管理して申告をするようにしましょう。
まとめ
過労死ラインや36協定など労働時間について紹介してきました。
日頃の業務のなかで、残業時間のルールについてなんとなく分かっている気でいた方も多かったのではないでしょうか。
少しでも理解が進み、疑問や不安が解消されていたら幸いです。これらのルールは全て労働者を守るために法律によって定められているものです。
あなた自身のためにも労働時間の管理を行っていくようにしましょう。今後、働き方改革が進むことでより個々人の裁量に委ねられるようになったり、法律も変わったりするかもしれませんが、その都度しっかりと内容を押さえておくことをおすすめします。